昨日トークを拝聴させていただいたテンジン・ドルジェ(テンドル)さんを迎えてのイベントがこの日も開かれた。
まずはテンドルさんのお話。初めに、拘束されていた5人の僧侶が逃げ延びてインド入りに成功した、という一報が紹介され、会場内が拍手でわく。
それから、昨日同様「中国の体制は長続きしない。チベットは必ず自由になる」ということを繰り返し強調。そして、文化的でソフトパワーなグローバルサポートを訴える。
第2部では、アムネスティ日本チベットチームの望月さん、ネパールでチベット人支援をしている貞兼綾子さん、チベット本土で支援をしている「I Love Tibet」主宰の長田幸康さんも交えて「チベット支援」についてディスカッションが行われた。
望月さんは、手紙や署名による圧力で囚人たちの待遇を改善させてきた、若しくは釈放させたアムネスティの成果や、今後は個別のケースから大型のケースへと変化させていく計画などについて言及。
貞兼さんからはネパールでの難民支援の変遷についてお話があり、「1990年に難民センターができてからネパールは第三国へ移住するために通過するだけとなり、居ついてしまったチベット人は『難民ではない』と処罰の対象になっている」「外国からの支援はダラムサラに集中していて、ネパールでは自分たちでサポートしているケースがある」などの問題点も指摘。
長田さんからは現地で信頼できるパートナーを探し、学校や職業訓練所設立の資金を提供するという活動の報告があった。一方、本土では住み込んでの支援が難しいこと、中国と付き合っていくことの難しさも指摘。
「中国と付き合っていくのは難しいが、利用できるところは利用する。役所や公安にも、党員にも『チベット文化を守っていかなければ』と考える人もいるのでその人を信用してやってみる。党員だからダメ、ということはない」
とのお話もあった。
そしてテンドルさんは
「自分にしかできない得意分野でサポートすることが大切。何が一番大事かは今は分からないので、あらゆる分野で努力する必要がある」
などと話した。
自分の得意分野・・・
何だろう、と考えてみた。
現状、私がやれている支援はデモなどに参加するか、このサイトでチベット問題を訴えることぐらい。
他に自分にできることは・・・
中国語。
これを生かすことができる場面は必ず出てくることだろう。
その他には、何かあるだろうか。
チベットサポート1年目は、「チベット問題を知る」ために費やされた。今後は、「何ができるかを考える」ための時期になるだろう。
さて、テンドルさんはこの日夜、東京・渋谷のUPLINKで上映中の「雪の下の炎」のトークイベントにも招かれていた。すっかりテンドルさんの人柄にひき付けられてしまった私は、ストーカー追っかけの如く予定外だったUPLINKにも出向いてしまった。
さすがにこの時のトークは既に聞いた内容が多かったが、
「日曜の夜にこんなに重い映画をご覧になって『パルデンさんはアンラッキーだった』とお思いになるかもしれないが、パルデンさんはむしろラッキーな方だ。なぜなら、釈放されずに未だ獄中で苦しんでいる大勢の人たちがいるのだから」
「パルデンさんは拷問の結果、今は病気を抱えていて毎日大量の薬を服用する必要がある。それでも彼は、病気を押して世界中を駆け回っている」
この話を聞いた時には、不覚にも涙腺が緩んでしまった。
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