バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

アジア周遊第4部 ネパール

コダリ-カトマンズ・1 ~国境から首都へ

2007年7月22日

チベット・ネパール国境に架かる友好橋を渡った私とヨージ、ナナ、サトコ、リョウコの5人は、ネパール側の国境の街・コダリに入った。
コダリ
ネパール側の国境の街・コダリ
て、素朴な町並みとは裏腹に非常にごった返していて活気がある。
人々の顔も、建物の様式も、ほんの先ほどまでいたチベットのダムとは全く違う。谷を一つ隔てただけでこうも変わるものなのか ―― 即ちこの変化が、陸路で国境を越えるということなのだ。
ネパール側のイミグレーションに到着した。私とヨージ、ナナはチベットのラサでビザを取得していたのでそのまま入国手続きに入り、サトコとリョウコはここでアライバルビザを取得してから入国手続きへと移った。
パスポートに入国スタンプ+シールを受けて手続き終了。これで正式にネパール入国である。私にとってこれが実質的に初めての陸路による国境越え(※)となったが、「国が変わった!」という瞬間を実感できてなかなかいいものだった。ここから数か月の間でこの手続きが更に10回ほど繰り返されることになるが、国が変わった瞬間の快感は何回目になっても変わることは無かった。
サトコとリョウコの手続きが終わるのを待っている間に、早速「(首都の)カトマンズまで車に乗って行きませんか?」とドライバーたちが何人か寄ってくる。交渉の結果、その中の1人のジープを借り切って1人500Rsでカトマンズに向かうことになった。
ところが、私たち5人で既にほぼ満員になった車に、ドライバーは更に客を乗せようとする。
「貸切りじゃなかったのか?」
扉側にいたヨージと私がほぼ同時に扉に手をかけ「それなら下りるぞ」という意思表示をすると、ドライバーも「分かった分かった」と、別の客を無理に乗せることはやめてくれた。
入国していきなりのトラブルはどうにか回避し(しかし入国初のトラブルはその僅か2時間後に発生することになる)、いざカトマンズへ向けて出発だ。 バスは屋根の上にまで乗客が
バスは屋根の上にまで乗客が

国境から首都へ向かう人々は大勢いる。勿論バスも出ているが、バスは屋根の上にまで乗客が溢れ返っている。
道路を走っているうちにもう一つ、チベットとの違いに気が付いた。自動車が左側通行なのである。チベットは中国に不法占拠されていて中国流の右側通行だったが、ネパールはイギリスの影響を強く受けてきた国なのでイギリス流の左側通行、ということらしい。

道は悪路あり、坂道ありで前へ進むのに時間がかかる。しかし一方、車窓から見える緑の山や田園、レンガで造られた赤褐色の家々などの牧歌的な風景は、チベットで見た岩山がちな風景に比べると見ていて気持ちが良くなり、新鮮さすら感じられる。
と、2時間ほど走ったところで、車が変な揺れ方を始め、ドライバーが路肩に車を停止させた。

※ 1991年の返還前の香港―中国の国境越えはどちらも中国人の土地で国境越えという実感が薄かった。また列車で中国―チベットと移動した時には、チベットが中国に占領されているためにイミグレーションでの手続きが無く、私自身その当時は「チベットと中国は別の国」という意識が極めて薄かったことから、国境越えをしたという自覚が全く無かった。

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