九州北部古代城再訪(1)―大野城、水城
2025年3月20日
午前9時20分頃、羽田からの全日空便が福岡空港に到着。STAR★WARSの黄色いラッピングを施した機体だった。
今回の城巡りのメーンは大分だったが、にもかかわらず旅の始めの地に福岡を選んだのは、前回福岡の城巡りをした時にやり残しがあり、その時の「忘れ物」をまず回収しようと考えたためだった。
なお、大分の名城巡りはJR九州の鈍行列車移動が多くなることから、青春18きっぷが使えるこの時期を選んだ。
福岡空港から地下鉄で博多駅へ。ここから次の城へ向かうアクセスはJR、西鉄どちらでも可能だったが、今回は青春18きっぷ利用ということでJRでのアクセスを採った。
JR鹿児島本線・南福岡駅で下車。コインロッカーに大きな荷物を預けてバスに乗り換え。県民の森センターで下車した後は、自動車は公共交通機関しか使わないというMy Ruleに従って歩き始めた。程なくして、建物の陰に隠れていた目標の山が目の前に姿を現す。
大野城を頂く四王寺山目指す城は、3年前にもアプローチを試みた大野城(100名城No.86)。7世紀に唐・新羅連合軍と白村江の戦を争って敗れた倭(日本)が、太宰府を中心とする九州北部各地で防備の増強を迫られて四王寺山の上に築いた古代城である。あの時は福岡空港からのバスが渋滞に見舞われて時間が足りなくなり、大宰府展示館でスタンプだけ頂いて、大宰府政庁から大野城のある山を望むことで大野城登城「見なし」ということにしたのである。今回、大分を訪れる機会にそのリベンジを達成しようという次第だった。
あの時、目で見ただけだった四王寺山の上を目指し、自らの足で上り坂を歩き進む。ランニングで鍛えた健脚で傾斜の緩やかな場所では時々走ったりもして、バス停を出発してから約30分、林道に面した百間石垣に到着した。全長約180m、内部まで石を積めた「総石垣」構造の、大野城跡最大の石垣である。
大野城 百間石垣これでひとまず、大野城の遺構に到達する、という目標は達成したが、まだ時間は十分にあるので、更に別の遺構を巡ることにした。
百間石垣の向かい側にある登山道の入り口から、大野城の深部へ。北石垣、小石垣、主城原礎石群、村上礎石建物跡などを巡って、四王寺県民の森センターへと抜ける。
大野城 小石垣
大野城 主城原礎石群四王寺県民の森センターは100名城スタンプの設置場所である。大野城のスタンプは前回既にスタンプ帳に頂いてたが、せっかくなのでここでも試し押しの紙に頂いてきた。
最後にもう一度百間石垣を巡った後、下山。3年越しのリベンジを達成し、満足して大野城を後にした。
この近くにもう1つ、名城がある。これもまた白村江の戦敗戦を機に築かれた土塁・水城(続100名城No.182)だ。こちらも3年前に既に織笠川右岸の方を訪れていてスタンプも頂いていたが、今回はJR鹿児島本線に乗車していて左岸の方を訪れることができたので、寄ってみた。
水城水城はJR鹿児島本線の、その名も「水城」駅を出てすぐ、いやそれどころか駅のホームからも見える至近距離にある。電車の待ち時間の間だけでも十分に楽しむことができた。
この近くにはもう1つ、再訪したいと思っていた古代城があったが、時間的にこの日はここまで。この日は宿のある駅の中でその城に一番近い佐賀県の鳥栖駅前の宿で一夜を過ごし、翌日に備える。
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