2022年10月10日
午前5時、スマートフォンのアラームの力を借りて起床。支度して表に出てみると、昨日悩まされた雨は降っていない。
宿から歩いて1分の竹田駅に待機していたジャンボタクシーに乗り込んで5時25分、雲海ツアーへと出発する。
前日「まちなか駐車場」から30分かけて歩いた道だったが、車だと10分足らずで立雲峡の駐車場に到着。既に多くの乗用車が停まっていたが、ツアーのガイドによるとこの日は少ない方で、多い時は駐車場に入り切れず坂道の途中に路上駐車する車も多いという。
環境整備協力金(300円、今回はツアー料金に含まれていた)のチケットを管理小屋で渡して、展望台へと向かう。タイムリミットは7時20分だ。
昨日下見に来た第三展望台を通過して、第二展望台へ。大部分の人は更にその上の第一展望台・立雲峡テラスまで登っていたが、私は
・ここが竹田城とほぼ同じ標高だというので、むしろちょうど良さそう
・この日は他にも山登りを控えているので体力を温存したい
・腰を据えてシャッターチャンスを待つ時間を多くしたい
ということで、ここで足を止めて、三脚を立てて一眼レフカメラをセッティングし、「その時」を待つことにした。
立雲峡から見える、竹田城背後の山
午前6時。辺りは一面の雲で真っ白。何も見えない。雲が出ているという天候は、今回狙っている風景を見るには好条件なのだが、少し高い所にかかりすぎている。
しかし、暫く待っていると、目当ての山の更に背後にそびえる高い山々が見えてきた。少し雲が薄くなってきたようである。もう少し低くなってくれれば...
じっくり待っているうちに、6時23分。雲の間にうっすらと何かが見えた――竹田城である。
初めは霞の向こうにうっすらとシルエットが見える程度だったが、みるみるうちに雲が薄くなっていき、昨日上った天守台の形がはっきり分かるようになってきた。
そして、6時30分...
雲海の中にたたずむ竹田城雲海の中に、竹田城の全貌がはっきりと見えるようになった。
まさに、今回の旅で姫路城以上に目当てにしていたのが、この絶景だった。まさしく「天空の城」である。
しかしその僅か1分後、竹田城は再び雲に覆われて見えなくなってしまった。6時54分ごろに一瞬ちらりと見えはしたが、先程のように全貌が見えることは無かった。
[満足のいく写真は撮れた。これでいいだろう]
会心の一枚を撮ることができたし、これ以上いい気象条件になることは無さそうだったので、まだ少し時間はあったが、7時、三脚を片付けて展望台を後にした。
7時40分、宿に戻るや否や出発の準備をし、竹田駅へ。8時18分の電車で更に北へと向かう。
和田山駅で播但線から山陰線に乗り換え、8時40分、八鹿駅で下車。すぐにバスに乗り換えて30分ほどで、兵庫県豊岡市の出石に到着した。
出石の街並み。右に見えるのが辰鼓楼出石にある名城は、出石城・有子山城(続100名城No.162)。戦国時代に守護大名山名祐豊が有子山の山頂に有子山城を築城し、その麓に城下町が栄えた。城下町は今でも国の重要伝統的建造物群保存地区とされ、街中に建つ日本で2番目に古い時計台・辰鼓楼はその象徴的存在になっている。有子山城は1580年に羽柴秀吉に落とされ、その後1604年に廃城となり、山麓の郭と館のみが出石城として江戸幕府に届けられた。堀と石垣が現存のものとして残っている。
出石観光案内所で続100名城スタンプを頂き、荷物を預けて城巡りに出る。
出石城。背後の有子山山頂に有子山城跡がある出石城は本丸跡に建つ2つの櫓(復元)がシンボルとなっている。登城橋から城内に入り、二の丸からツイン櫓を眺め、櫓に挟まれた本丸を散策していると15分ほどで歩き尽くせるこじんまりとした城跡だ。
出石城の石垣と本丸西隅櫓
有子山城登山道入口城跡東の鳥居が並び立つ階段を一番上まで歩くと「史跡 有子山城跡」と刻まれた石碑がある。ここからが有子山城の山道だ。
10分ほど登ってみたが、余りに急で、山登りに慣れているはずの私でも音を上げるほどだ。城跡まで行っているとバスの時間に間に合いそうにないし、この後どうしても山頂まで登りたい山が控えている。有子山城の史跡まで行くことは断念。出石城を巡り、山道に少しだけ足を踏み入れただけでよしとし、引き返すことにした。
城下町を少し散策している間に、いい時間になった。私は荷物をピックアップし、次の城へ向けてバスで出石を後にした。
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