2022年10月8日
午前6時10分、東京からの夜行バスが神戸・三宮駅の西側に到着。休む間もなく、駅東の神姫バス神戸三宮バスターミナルに移動して、6時50分発の淡路島への高速バスに乗り込む。
三熊山の上に佇む洲本城明石海峡大橋を経過して8時すぎ、洲本バスセンターに到着。下車するとすぐに、三熊山の頂の上に洲本城(続100名城No.164)を見ることができた。
今回の旅は、兵庫と大阪北部の100名城巡りである。
洲本城は戦国時代に安宅氏によって築かれ、羽柴秀吉を総大将とする淡路討伐の後、仙石秀久、そして脇坂安治が城主となった。脇坂安治の時に天守と石垣が築かれるが、江戸時代に廃城となる。
洲本城を目指す途中で、ちょっと寄り道。大浜公園では、松原と砂浜の向こうに広がる大阪湾を望むことができる。
大浜公園
下の城の一角にある淡路文化史料館洲本城には、三熊山の上の「上の城」と麓の「下の城」がある。「下の城」に残る石垣は江戸時代初期のものであるという。
下の城の一角にある淡路文化史料館で、開業前ではあったが続100名城のスタンプと案内図を頂くことができた。
三熊山に登頂するルートは東ルート、西ルートがある。私は距離の短い西ルートを登ったが、工事の影響で直登するルートしか選べず、標高133mしかないとはいえ、えらい急登を歩かされた。
10分少しで、石垣が見えてきた。そしてその先の本丸跡に、天守が現れた。
洲本城模擬天守今ある模擬天守は1928年に展望台として築かれたもので、かつての天守閣を復元したものではない。日本最古の模擬天守なのだが、老朽化が激しく今は立ち入り禁止となっている。
洲本城の石垣と石段
洲本城からの眺望三熊山は低い山ではあるが、やはり島の高台からの眺望は格別だ。長細い淡路島の向こうに、本州の六甲山まで見ることができた。
急勾配の西ルートに懲りて、下山は東ルートをとる。遠回りに見えたので往路は回避したのだが、それ程のものではなかった。行きも帰りもこのルートにすべきだった。
洲本バスターミナルから高速バスで、舞子まで。ここでようやく、行きも帰りも渡った明石海峡大橋を客観視することができた。
明石海峡大橋舞子からJRの快速で1駅。子午線の街・明石に到着。
駅前すぐにあるのが明石城(100名城No.58)。江戸時代初期に小笠原氏によって築城された平山城だ。
明石城石垣と四隅の櫓が立派で、特に正面のJR明石駅方面から見えるツイン櫓・巽櫓と坤櫓は、日本に12基しかない現存の三重櫓だ。この時ちょうど巽櫓の内部が公開されていて、中の様子を見ることもできた。
明石城巽櫓内部
明石城天守台と坤櫓本丸に天守台はあるが、天守閣は結局築かれなかった。
そして巽櫓わきの物見台に上がってみると、明石ならではの景色があった。
明石城の向こうに明石大橋――過去と現代のコラボと言っていい。
明石城と明石大橋のコラボ
コメント(0)
コメントする