展示の最終部分は「チベットの暮らし」。しかし、展示されているのはチャム(チベットのオペラ)の衣装や楽器、装身具といったものばかり。
「おかしいな――ラサのチベット博物館には衣服とか、もっとチベット人の“暮らし”が垣間見えるものがあったはずなのだが・・・」
恐らくは、アートとしてビジュアル的に見栄えのあるものだけを選んできたのではないだろうか。
いずれにせよ、これでは「チベットの芸能・芸術」は垣間見えても、「チベットの暮らし」は全く見えてこない。
さて、参観を終えて出口へ。しっかりと物販に誘導される仕組みになっている。物販の売り子は皆、中国人だ。
物販スペースに入るとすぐに、書籍のコーナーがある。仏教に関するもののほか、地図を盗作(あれは『参考』で済むレベルではない)しておきながら図録の「参考文献」にはその書名が掲載されていない「チベット―全チベット文化圏完全ガイド(旅行人ノート)」もなぜか置かれていた。
「でも、ダライ・ラマ法王に関する本は無いですね」
この件に関しては、物販ばかりではない。展示でも、「ダライ・ラマ」というチベット指導者の名前は「ダライラマ1世坐像」のあたりで使われている以外は一切使われていない。図録の年表には「ダライラマの時代」という時代区分がされているものの、その年表も「ダライラマ14世生まれる(1935)」というよく分からない所で終わっている。
「チベットは中国によって平和的に解放された。ダライ・ラマは悪者である」などと本気で考える者は日本人の中にはいない(真実をきちんと知っているか、チベットことを全く知らないかのいずれか)訳で、この展覧会を日本に持ち込んだ連中の歴史観でこの時代を語れば展覧会も信用を失ってしまう。そこで20世紀後半の歴史には一切触れないでおこうということにした――といったところか。
その他、仏像・仏具などが売られていたが、質の低いものが多い、チベット製ではなく中国製のものが多い、偽物が売られている、などと聞いていたので殆ど見向きもしなかった。
さて、これで参観終了。表に出て、抗議活動をしている顔見知りのチベットサポーターと言葉を交わす。
「アンケート書いてきましたか?」
「え?アンケートありましたっけ?」
「出口にありますよ! 戻って書いてきて下さい」
出口から再入場するのは本来、マナーに欠けた行為だが、やはりここはきちんと意見しないと、と思い、出口の内側に入ってアンケートに記入する。
まず、「この展覧会はどうでしたか?」という質問項目だが
□とても良い □良い □普通 □良くない
なぜか「とても良い」はあって「とても良くない」は無かったので、私は「良くない」の上に「とても」と書き足した上でそこにチェックを入れた。
そして、「感想を具体的に書いてください」との項目には
信仰の対象としての敬意が払われていない
展示物があった寺院などがどうなったのか説明されていない
チベットの現状について一切触れられていない
などと、同展を見て感じたことを率直に書いた。
そして、それを回収箱の中に・・・
いや、それでは面白くない。私は、記入済みの用紙を回収箱の中に入れることはせず、ここを通った人の目に入るように、回収箱の上に置いて会場を後にした。
マニ車の巻き方とか加持とかそんな文化はきっと知らないんでしょうねえ。
チベット展なのにチベット人が関わっている様子がないのが痛すぎます。
細かなところだと「チベット女性」と書いてあっても「チベット人女性」とは書いていない。
細かなところまでお気づかいいただきありがたいことです。
そもそも入口のタルチョ、屋根の下に張っても意味なかろうに。仏具としての役割に理解を示していないのが悲しい。
マニ車の説明はしていましたが、付け焼刃でしょうね。どっちに回すか、なぜそう回すかまで突っ込んだら答えられないのではないでしょうか。
> チベット展なのにチベット人が関わっている様子がないのが痛すぎます。
ここが結局、一番の問題なのでしょう。関わっていれば、あんなに仏様に対する敬意に欠けた展示にはなっていないはずです。
> そもそも入口のタルチョ、屋根の下に張っても意味なかろうに。
風にはためけばいい訳ですが――あそこじゃはためきにくいか、確かに。