バス憧れの大地へ

富士山

富士登山記 須走ルート登山(2016年7月)

六合目―本七合目

2016年7月21日

13時5分。本六合目の山小屋・瀬戸館を後にして再び富士山頂を目指す。
富士山六合目を出発
歩き始めた辺りでは、まだ人の背丈前後の高さの樹木が生えている植生も見られたが、15分ほど歩くともはや森林限界を超えて、人の背を超える樹木の姿は見られなくなり、ごつごつとした火山礫の山裾に時折高山の草花や灌木が生えるだけの世界となった。
植物で視界を遮られることは、この先無いだろう。しかしこの時、別のものが視界を遮り始めていた。
霞が濃くなってきたのである。どうやら雲の中に入ってしまったらしい。
富士山六合目すぎ
そして、変化は私の体にも起き始めていた。何か、頭が少しぼんやりとし、左目がかすんできたのである。
「来てしまったかな...」
高山病の兆候である。これが、日本最高峰・富士山の洗礼だ。
しかし、私は登山経験は少ないが、チベット、ラダックやペルーで高地経験は何度も積んできている。それらの時と比べれば、まだ標高は低いのだ。私は呼吸をしっかり取ることを心がけて無理のない歩調をキープして歩き続けた。そうしているうちに、いつの間にか症状は消えて無くなっていた。
もしかすると、登山口への道中で主催者の小林さんに頂いた「紅雪冬夏」が効いたのかもしれない。

しかし、悪いことは往々にして続けて起こる。
折り畳み式のストック(登山杖)を両手に1本ずつ持って体を支える補助にしていたが、ある時右手のストックを地面に下ろした瞬間、手に変な衝撃が伝わってきた。
「ガキッ!!」
硬い岩に、変なぶつかり方をしたらしい。折り畳み式のストックというのは携帯性がいい半面、ジョイント部分で壊れる危険性がある。この衝撃で、右手のストックはバラバラになってしまい、二度と繋げることは不可能になってしまった。
まだ登山は登りの途中だというのに、私はこの先、ストック1本での登山を強いられることになってしまった。

と、大きく最後尾に離れていた女性に付き添っていた小林さんから無線が入った。
「その先の『小屋跡』で休憩をとっていて下さい」
ということで、13時45分ごろ、「小屋跡」と呼ばれる場所で一旦休憩。程なくして小林さんが上がってきたが、1人だけだ。遅れていた女性はこの悪コンディションの中の登山に耐えられず、先ほどの瀬戸館で登山を中断することにしたという。
やはりこの日の天候は、登山が不可能ではないが相当シビアなハードルだったらしい。富士山初挑戦の私の胸に少々、不安がよぎった。

富士山七合目大陽館
太陽館

14時15分。七合目の山小屋・大陽館(標高2920m)に到着。
にわかに人が多くなってきた。それも、若い人たちが――どうやら、新六合目の長田山荘でスタッフの方が言っていた大手企業「D通」の新入社員の集団とかち合ったらしい。
更にこの先の八号目では、一番人気の吉田ルートと合流する。平日とはいえ、結構な混雑が予想される。

「この下は結構な崖になってますよ」
小林さんが言うので、ちょっと恐る恐る下を覗いてみたが、雲が分厚く、何も見えない。
下だけではない。上もまた、深い霞に覆われている。見えているのは今いる山小屋の周りだけ、という深い雲の中に、この時は身を置いていた。

店先で20分ほど休憩した後、大陽館を出発する。
と、行く先の右手を見ると、ここまでの行程の中で一度も見えなかったものがちらりと姿を現した。
富士山七合目で見えた青空
青空である。
ほんの僅かだが、雲が切れたようだった。これが見えると見えないとでは、山を登るテンションも大きく違ってくる。霞はまだあるが、これから先はもしかしたら天気も好転してくれるかもしれない――そんな期待を胸に、私たちは再び歩みを進めた。
しかし一方で、森林限界を超えた今、地表には草花の姿すらまばらになり、見えるのはごつごつとした黒い火山礫が殆どとなってしまった。下界の景色も雲に阻まれていて、目を楽しませてくれる要素は余りに少なくなっていた。

「富士山って美しい」

下界で富士山を仰ぎ見ていた時は、そんな印象が先立ち、富士山が女神のように見えることすらしばしばあった。しかし、実際に登ってみると、富士山という山は実にごつごつとした、猛々しいと言ってもいいくらい雄々しい山だった。

本七合目見晴館
本七合目見晴館

15時30分、本七合目の山小屋・見晴館(標高3140m)に到着。ここでも小休止。

「頂上が少しだけ見えますよ!」
小林さんの言葉に山の方へ目をやると、今までで一番頂上側の霞が薄い景色があった。
富士山頂がちらりと見えた
「ほら、あそこに建物が見えるでしょう。あれが八合目で、その左上に見えるのが頂上です」
決して、はっきりくっきり見える訳ではない。しかし、少し霞んだ向こうに何となく「そこから上には山が続いていない」様子は見て取れる。

やっと、目指す場所がリアルに感じられるようになってきた。こうなってくると、自然とテンションが上がってくる。
体の疲れがそれをかなり相殺してしまっているのも事実だが、それでも私のメンタルにはプラスに働いた。しばしの休憩後、私たちはあの山頂――やっと「あの」という接頭語を付けることができた――を目指し、再び歩き始めた。

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