大分府内城
おおいたふないじょう
日本100名城 No.94
- 場所
- 大分県大分市荷揚町(地図)
- 築城時期
- 安土桃山時代(1597年)
- 築城主
- 福原直高
- 主な城主
- 竹中氏、日根野氏、大給松平家
- 分類
- 梯郭式平城(海城)
- 遺構
- 石垣、土塀、堀、櫓(宗門櫓、人質櫓)、天守台
- 概要
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安土桃山時代後期、現在の大分県の府内に、大友氏が豊臣秀吉の朝鮮出兵での敵前逃亡で改易された後に入封した福原直高が築城を始め、その改易後は早川長政、竹中重利に引き継がれて江戸時代初期迄に完成した城。天守、諸櫓、山里曲輪、内堀、外堀、門などが設けられる。大分川と住吉川に挟まれ、かつては北方で海に面していた。江戸時代には府内藩の藩庁が置かれ、竹中氏、日根野氏、大給松平家が城主を務める。1743年、大火により天守を含む大部分の建造物が焼失し、以後、天守は再建されなかった。
明治に入ると本丸・東丸・西丸の建造物以外は破却され、堀の一部が埋め立てられ、その後第2次大戦時の大分空襲により大手門、櫓が3棟が焼失した。
本丸跡北西隅に人質櫓(二重櫓)と西丸に宗門櫓(平櫓)が現存。1965年、東丸着到櫓・二重櫓、西丸二重櫓、大手門が外観復元、1996年、土塀、廊下橋が木造復元された。
1963年、大分県の史跡に指定される。
大分城、荷揚城、白雉城の別名あり。
- 公共交通機関による
アクセス - JR日豊本線 大分駅から
・市バスで県庁前下車、徒歩2分。
・徒歩20分。
- 100名城スタンプ
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大手門(地図)
- 探訪記の該当部分
- 大分100名城(2)―大分府内城
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