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日本100名城

100名城データ

岐阜城

ぎふじょう

岐阜城

日本100名城 No.39

場所
岐阜県岐阜市金華山天守閣(地図
築城時期
鎌倉時代(1201年)
築城主
二階堂行政
主な城主
二階堂氏、稲葉氏、斎藤氏、織田氏
分類
山城
遺構
曲輪、石垣、土塁、堀切
概要
1201年に二階堂行政が長良川畔の金華山山頂に築いた砦が起源とされる。その後稲葉氏が支配したことから「稲葉山城」と称された。1302年に二階堂行藤が没した後、廃城。15世紀中頃に美濃守護代・斎藤利永が、この城を修復して居城とする。16世紀、謀反を起こして稲葉山城を支配した長井新左衛門尉の息子・新九郎規秀が斎藤利政(のちの斎藤道三)を名乗り、城主となって本格的に城郭を築く。道三が息子の義龍に殺され、その義龍も急死した後、1564年、斎藤氏家臣の竹中半兵衛、安藤守就が斎藤龍興を追いやって稲葉山城を一時占拠。1567年、美濃三人衆(稲葉良通、安藤守就、氏家直元)の内応により織田信長が稲葉山城を落とす(稲葉山城の戦い)。信長は小牧山城から稲葉山城に本拠を移し、中国の故事にちなんで城と町の名を「岐阜」と改め、信長の「天下布武」の拠点となった。本能寺の変で信長と岐阜城を継いだ織田信忠が倒れた後、信長の三男・神戸信孝が入るが、秀吉との争いで開城する。その後城主となった織田秀信が関ヶ原の戦いで西軍につき、東軍の福島正則や池田輝政らに攻められて落城(岐阜城の戦い)、その翌年廃城となる。岐阜城の資材の多くは加納城に転用された。
1910年、模擬天守が建設されるが1943年、焼失。1956年、模擬天守再建。
美濃國井之口の山館、稲葉山城、金華山城、井口城の別名あり。
公共交通機関による
アクセス
JR東海道線岐阜駅、名鉄名古屋本線名鉄岐阜駅から岐阜バス岐阜公園歴史博物館前下車、金華山ロープウェイで山頂駅下車、徒歩7分。
100名城スタンプ
岐阜城スタンプ
岐阜城資料館(地図
探訪記の該当部分
小牧山城、犬山城、岐阜城、名古屋城
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