バス憧れの大地へ

雑記ブログ

年末年始の旅、完全に出遅れ

会社の年末年始の休みも確定し、9連休になるなら海外へ!と昨日の昼休みに職場近くの旅行社に行ってみた。
今回まず狙ったのは、ギリシャ。そろそろヨーロッパも見てみたいという思いがあり、ヨーロッパで一番行きたい国がギリシャだったのだ。
ところが、旅行社のスタッフが年末年始の予約状況をを照会してみると…

「アテネにはもうルフトハンザ航空の35万円のものしか残ってませんね」

35万円って――1か月分の給料よりも高いじゃないか。それはとても出せない。もう一度作戦を練り直すことにした。

帰宅後、インターネットで格安航空券サイトにかじりついたが、どれも残席なしである。行き先を変えたらどうだ?と、他に行ってみたいトルコやモンゴルも検索してみたが、こちらも芳しからず…。

甘かった。

年末年始の旅行はこれまでしたことが無かったので、これ程までにチケットが取りにくいとは思っていなかったのである。「まだ1か月半もある」ではなく「もう1か月半しかない」だったのだ。完全に出遅れである。

そこで、やはり初めての「キャンセル待ち」に挑むことにした。
この日、自宅から最寄の大手旅行社に出向き、まずギリシャ、トルコ、モンゴルの状況を調べてもらったが、やはり「FULL」である。そこでキャンセル待ちの手続きに入る。
「優先順位はどうされますか?」
スタッフが尋ねてくる。
本来はギリシャだった。
しかし、私は昨日ネットであれこれ調べながらふと頭に浮かんできたモンゴルに行きたいという気持ちが強くなってきた。一つには10年以上前にも行こうとしながら南モンゴル(※)で妥協してしまったこと、一つにはモンゴルがチベット仏教圏であること、そしてもう一つ、一番大きかったのがギリシャ、トルコに比べて航空券代その他が半分以下で済むことがその理由である。
そこで、韓国・インチョン経由ウランバートル行きの往復を第一希望にキャンセル待ちをすることにした。(しかしながら、インチョン―ウランバートルの便は空きがあるのである。問題は日本からインチョンへ行く便が満席だということだ)

さて、念願は叶うだろうか――かなり絶望的だろうけれど。


※その当時は「内モンゴル」として中国の一部として意識していたが今は中国の南モンゴル占拠を認めていない。

旅の終わりとは…

東南アジアで知り合った関西在住の友人が東京に来ているということで、仕事が終わった後、早速彼の携帯に電話をかけてみた。偶然にも彼はその時私の職場がある渋谷に来ていて、駅前で待ち合わせ後、居酒屋で再会の祝杯をあげた。


彼がパキスタン・ウイグル(中国による不法占拠中)国境で遭遇したトラブル、旅先での出来事、チベット問題、ダライ・ラマのこと、中国社会のこと――いろいろな話題を語り合った。

そんな中、私は昨年のアジア周遊の旅を終えて帰国した時に感じた違和感を、同じく長期旅行をしていた彼に質問という形でぶつけてみた。

「日本に戻った時『旅が終わった』って実感あった?」

私は昨年12月、「年内には帰国」という予定通り、7か月半に及ぶ旅を終わらせ中国・上海―大阪の船で日本に戻った。しかし、大阪で日本の地を踏みしめながらも違和感を感じていた

――旅は本当に終わったのか?

その問いに対する彼の答えはこうだった。

「僕は、(ウイグルで)皆既日食を見た時に『これで旅は終わりだ』と思いましたね」

違いは明らかだった。

旅の中で区切りを見つけた彼。

出発前から旅のリミットを決めて
いた私。

つまりは、私は「これで旅を終わらせてもいい」と思わせる強い契機に出合う前に、出発前に設定した「年内には帰国」という実に下らない理由に拘泥されて帰国してしまい、満足しきれないまま旅を終わらせてしまった、ということだったのだ。

今にして考えれば、私は帰国に際して、旅疲れの気分は全く無く、まだまだ余力はあったのである。

私の愛読書である、沢木耕太郎「深夜特急」。

沢木氏はインド・デリーからイギリス・ロンドンまでバスを乗り継いでいくという目標を、時間的には当初の目的よりオーバーしたものの、見事達成させた。そして、出発前に友人に約束した通り、ロンドン中央郵便局から「ワレ到着セリ」という電報を打とうとした。

しかし、同書の締めくくりはこうだった。

==============
これからまだ旅を続けたって構わないのだ。私が旅を終えようと思ったところ、それが私の中央郵便局なのだ。

(中略)

私はそこ(注:旅行代理店。ここで沢木氏はアイスランドへのチケットを予約する)を出ると、近くの公衆電話のボックスに入った。そして、受話器を取り上げると、コインも入れずに、ダイヤルを廻した。

(中略)

《ワレ到着セズ》

と。

==============

長期旅行者にとって、旅の終わりは、達成感によって決まるのではない。

満足感によって決まるのではない
だろうか。

箱根へツーリング・2

箱根2日目。

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箱根登山鉄道 ケーブルカー

午前中はバイクには乗らず、小涌谷駅まで歩いて行って、そこから箱根登山鉄道に乗る。
山の上の終着駅・強羅駅に到着して、そこからケーブルカーに――と思っていたのだが余りの人の多さに乗るのは諦め、近くの強羅公園で花などを楽しんだ後、坂道を歩いて宿に戻った。
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強羅公園

午後はバイク。すっかり気に入った芦ノ湖に出て、昼食にニジマスのフライを食べた後、箱根駅伝ミュージアムを見学。日本で正月を過ごす時には必ず見ていた同駅伝だが、その歴史は余りよく知らなかった。戦前から続いてきた大会の参加校・記録・コースの変遷、名選手・名勝負――来年からはこれまで以上に箱根駅伝を楽しんで見ることができそうだ。

それから、近年再現された箱根の関を訪れた。シンプルな造りだが、これが江戸時代の旅人の前に大きく立ちはだかっていた関所なのだ。少し不思議な感じがする。
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箱根の関

歴史の次は自然を、と、バイクで大涌谷へ。中学の時に修学旅行で来たことがあるので、2度目の訪問になる。
私は嗅覚が弱いのだが、それでも硫黄のにおいが強烈に鼻につく。来て暫くは霧が出ていて、湯気なのか霧なのかがよく分からなかったが、やがて霧が晴れると、においの元である湯気がくっきりと分かるようになる。この一帯が富士火山帯に属していることを象徴する光景だ。
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大涌谷

それからまた芦ノ湖に戻り、蕎麦屋に入って夕食にするが、食べ終わって外に出てみると結構濃い霧になっていた。初めて霧の中をバイクで走ることになり、しかも山中のワインディングロード。霧が気にならなくなったかと思うと渋滞で、暗い中でのすり抜け。かなり気を遣わさせられた。

箱根へツーリング・1

今年もゴールデンウィークが到来したが、現在書いている「アジア周遊」の旅行記が終わるまで海外旅行は自粛と決めている。そこで今年は国内旅行だ。3月にバイク(KAWASAKIバリオス)を購入したことだし、ツーリングに出かけることにしよう――ということで行き先を考えた結果、箱根へ行くことにした。道順は箱根駅伝のコースを辿ることにしよう。

しかし、初日のこの日は午前の間小雨。まだ雨中の運転には自信が無く、雨が止むのを待って正午すぎに出発した。

大手町から品川、田町と走り、第一京浜で川崎へ。横浜・戸塚、藤沢橋とたどって茅ヶ崎の海岸通りに出る。
平塚中継所近くのコンビニで一休みした後、再出発。しかし小田原市に入ったあたりで左太腿に軽く痙攣発生! ニーグリップもままならなくなり、路肩に寄せてエンジンを止め、脚が楽になるのを待ってあらためて出発する。

小田原を過ぎたところからが本番! 最大の難所・箱根の山登りである。
湯本に差し掛かったところで渋滞発生。ま、GWなのでこうなることは予測していた。こういう時にすり抜けのできるバイクは強い――と思いきや、バスに路肩まで塞がれてしまってすり抜けもできない。バスがバス停で思い切り左に寄ったところでようやく、右側をすり抜けることができた。

渋滞のピークは湯本で、そこから先は比較的スムーズに走ることができた。予約していた宿がある小涌園に差し掛かったが、まずは駅伝ゴールを目指してそのまま芦ノ湖を目指した。

まだバイクは初心者で、峠道は勿論これがデビュー。次々と襲い掛かってくる急カーブに、まだ思い切り車体を傾ける度胸も無く、ほとんど最徐行。特に下りではブレーキを使いながら恐る恐るの走行だ。

そうこうしているうちに芦ノ湖に到着。ようやく街乗りモードに戻ることができた。

駅伝ゴール近くのドライブインに入ってバイクを下りる。約110kmの距離を走破した所要時間はおよそ4時間半。箱根駅伝往路のベスト記録より1時間早い程度だ。ずっと一般道で信号待ちがあり、給油、休憩もあるのでまあこのくらいなのだろう。それにしても、バイクでもこれだけ時間がかかって脚の疲れるコースを、箱根ランナーはよくぞあれだけのスピードで走るものである。

駅伝ゴールは少し歩いた所にあった。よく見たらここにもバイクを停めることができたのでここまで来てしまえば一番よかったのだが、知らなかったので仕方が無い。ともかく、駅伝コースを辿るという目標は達成することができた。


箱根駅伝ゴール地点

芦ノ湖湖畔からは、逆行ながらも富士山を見ることができた。

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バイクで来た道を少し戻り、小涌園近くのホテル・B&Bパンシオン箱根に到着した。

それにしても、ニーグリップのしっ放しで脚がかなり疲れた。バイクは脚力が重要!ということがよく分かった。

初 中距離ツーリング

バイク(カワサキ・バリオス2になりました)を買って1か月。これまでは自宅近くを1時間ほど回る程度でしたが、29日、初めてちょっと遠出をしました。


自宅のある東京・江戸川区から、目指すは神奈川県藤沢市江ノ島。

道筋はネットで調べた箱根駅伝のコース図を参考にしました。

(以下、コースは全て一般道です)

往路:

既に土地勘のあるお台場からレインボーブリッジを通り、第一京浜を通って神奈川県へ。

横浜に入ってからちょっと迷って、コンビニに飛び込んで地図を立ち読みし、現在地とその後のコースを確認して再出発。無事江ノ島に到着しました。

時折こんでいる所もありましたが、そこはバイクの”強み”を発揮。車の間をすり抜けて行きました。

復路:

行きと同じルートで帰ろうかと思いつつ出発したのですが、

「鎌倉」

という標識の文字に魅かれて

「よし、鎌倉経由で帰ってみようか」

と思ってルート変更。

ところが、鶴岡八幡宮付近でちょっとした渋滞。すり抜けようにも歩道いっぱいにあふれ返っている歩行者が気になってなかなかすり抜けられませんでした。

そこを何とか通過して東京方面へ向かうも、自分が今どこにいるかがよく分からず、またしてもコンビニに入って地図を立ち読み。

東京都に入ってからも道に迷いまくり。バイクで通ったことのある道の名前を標識で見た時には、マジで「助かった~」と思いました。

そんなこんなことがありつつも、無事帰宅することができました。

普通二輪免許ゲット!

アジア周遊旅行が終わって、仕事

に就く前にやっておきたかったことが一つ…

バイクの免許取得

思い立ったきっかけは、東南アジアを旅行中に何度もレンタルバイク屋を見かけながら、原付にも乗ったことが無い私にはそれが利用できず、悔しい思い、もったいない思いをした—-ということです。

<追記>

カンボジアのアンコール遺跡群を電動自転車で巡った時、「気持ちいいじゃん! これがバイクだったらもっと気持ちいいかな?」と思ったこともきっかけの一つと考えられます。

そこで、年明けから近所の教習所に通い始めた訳ですが…

上にも書いたように、原付にも乗ったことが無いので、まずバランスを取ることから苦労しましたあせあせ(飛び散る汗)

いやそれ以前に、非力なのが災いして、初めはバイクの重さに振り回されっ放し。初回教習では400ccのバイクのセンタースタンドすらかけられない状況でしたたらーっ(汗)

考えられないくらい補習の繰り返し・・・

おまけにクラッチで左手首を痛めて休み休みでないと教習を受けられない時期もありました。

そんなこんなで教習期間が思いの外長引いて、本日ようやく卒業検定。

合図の消し忘れ2回、エンスト2回、スラロームのタイムが遅いなどで減点がありましたが、

何とか一発合格!

卒業式を終えて即、運転免許試験場へ。中型自動車の免許があったので、免許証の申請は実にあっさりと完了。

受け取った免許証が水色からゴールドに変わっていましたが、海外生活の間ずっと運転していなかったからでした

幸い貯金もまだあるし、早速バイク買うか!!

狙いはKAEASAKIのバリオスなど。近所によさげなバイク屋も見つけましたが、明日は定休日—-あさってか週末に行ってきます。

早くツーリングに行きたい!!

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