バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

ネパール(2012年)

HAPPY HOME(パタン)-3 ~孤児たちに明るい未来を

Happy Homeの子ども
Happy Homeの子どもたち
Happy Homeの子どもたち
Happy Homeの子どもたち
ここHappy Homeで学んでいる子どもたちは、さまざまな事情を抱えてここへ駆け込んでいる。貧困、災害、親を亡くした、親に捨てられた――中でも衝撃的だったのは、ゴミ捨て場から拾われてきた子どもがいたということだった。
まだ人の親になったことのない私でも、子どもが「子宝」と呼ばれるほどの大切な授かりものであることは十分に分かる。そんな"宝物"である我が子をゴミと同じ場所に捨てるという発想がとてもではないが理解できなかった。その一番の理由は、貧しさ――マオイスト(毛沢東主義者)などという連中がはびこるような貧しさ――ということなのだろうが、それは決して免罪符にはならない。
ここにいる子どもたちは、そうしたネパール国内情勢の"被害者"なのだ。

それなのに、HAPPY HOMEにいる子どもたちを見ていると、不思議とそうした境遇への"憐れみ"は感じられない。みんな明るく、生き生きとしたごく普通の子どもたちだからに違いない。と言うより、子どもたちの方から「"憐れみ"とか"同情"なんて、僕らには要らないよ!」というオーラを出しているようにも感じられた。
思えば、今回私たちが本の印税や文房具、ノートPCをこの学校に寄付したのは、"憐れみ"とか"同情"によるものだっただろうか――それははっきりと"No"と言えるだろう。今回の寄付は、ここで学ぶ子どもたちの"向学心"への贈り物だったと、私は思っている。

最後に、礼拝の部屋を見せてもらった。ブッダの絵あり、ヒンドゥーの神の絵あり、イエス・キリストの絵あり、サイババの写真ありという、何でもありの部屋の中で、子どもたちが歌に合わせてお祈りをしてる。いろんな場所、いろんな境遇の子どもたちを保護してくることから、こういう部屋になったのだろう。

Happy Homeの子どもたち
記念にパチリ
礼拝室でお祈りをする子どもたち
礼拝室でお祈りをする子どもたち

そうこうしているうちに、出発の時間になってしまった。名残りを惜しみつつHAPPY HOMEを後にする。

――ここで学ぶ子どもたちに、明るい未来のあらんことを。

その後、夕食のためにワゴン車でレストランに向かう途中、古都パタンの中心にあるダルバール広場の横を通る。
「あれ? このへんってこんなに車が多かったっけ?」
夜のパタン
夜のパタンの街角
5年前に来た時とは随分雰囲気が違う。あの時は割とゆったりとした印象を受けたパタンのダルバール広場一帯は、自動車やリキシャ、バイクが行き交う、プチ・カトマンズとも言うべき喧騒のある場所へと変貌していた。
「前に来たのはいつ?――5年前? そう。5年前と比べて、パタンはすっかり賑やかになってしまったよ」
案内人のゴビンダが言う。5年という月日は、短いようで長い。その間にも、ネパールは、いや世界は着々と変貌しているのだ。賑やかになるということは、豊かになりつつあるということの証しなのだろうが、それでも家や親を失う子どもたちがまだまだいるというのがネパールの現状なのだ。

夕食を終えて少し宿でくつろいだ後、再び空港へ向かう。今回のツアー参加者最後の1人が夜の便で到着するのだ。
11時40分、サトシが空港からネパールの大地を踏みしめて出てきた。これでようやく全員集合だ。

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