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世界への旅(旅行記)

ペルー

マチュピチュ-2 ~“聖”のエリア

マチュピチュは上から俯瞰するだけでも見応えがあるが、やはりそれだけではなく遺跡内部に入って詳細を楽しみたいところだ。 段々畑
マチュピチュの段々畑
私は先ほど上ってきた階段を下りて農地管理人住居跡まで戻り、そこから今度は遺跡内部へと足を踏み入れた。

小屋と小屋の間の細い通路を抜けるとまず、ここで暮らしていたインカ人の胃袋を満たしていた段々畑がある。右手にマチュピチュの景色を楽しみながら段々畑を横切ると、石造りの小さな建物が並んでいるエリアに辿り着く。ここから先が、市街地だ。

市街地に入るとすぐ、左手にミイラが安置されていたという陵墓、その上に立つ太陽の神殿王女の宮殿17の水汲み場聖職者の居住区などがある場所に行き当たる。特に太陽の神殿は、きれいに形の整えられた石を組んで造られていて、当時のインカの精巧な石組み建築技術がしのばれる。
このあたりはマチュピチュの心臓部と言ってもいい場所かもしれない。そこに「太陽の神殿」や「聖職者の居住区」があるということが、当時のインカ社会の在り方、即ち太陽神たる皇帝を中心とした神権政治を物語っているように思われた。

王女の宮殿と太陽の神殿
王女の宮殿(左)と太陽の神殿(右)
水汲み場
水汲み場

そこから先は、上へ行く道と下へ行く道とに分かれている。どちらに行ってもマチュピチュ内部を一周できる形になっているが、私はまず上の方に足を動かした。
神聖な広場
神聖な広場。周囲には神官の館(奥)、3つの
窓の神殿(左)、主神殿(手前)が建っている
インティワタナ
インティワタナ
その先にあったのも、やはり“聖”のエリアだった。
ゴツゴツとした岩がたくさんある「石切り場」を過ぎたところで、三方を建築物で囲まれた広場に出た。
[神殿だ…]
なぜだろうか。残っているのは石組みの壁や柱ばかりなのに、予備知識の殆ど無い私にも直感的にピンとくるものがあった。
案の定、そこは「神聖な広場」と呼ばれる場所で、広場を囲む建築物は神官の館3つの窓の神殿主神殿だった。中でも3つの窓の神殿は、初代インカ皇帝出生伝説の場所であるタンプ・トッコではないかとの説もあるという。そういう由緒のある場所が放つ見えないオーラが私に、ここが“聖”のエリアだということをすぐに感じさせたのかもしれない。

更に前へと進むと、市街地で最も高い丘があり、その頂きにはインティワタナがある。この遺跡は日時計であると同時に、その名が「太陽を繋ぎとめる場所」を意味することからも窺い知れるが、太陽神の礼拝所であったともいわれている。手をかざせば石のパワーをもらえるとのことだが、実際やってみても今回は特に変わったインスピレーションは感じられない。

昨日廻り歩いたクスコでは、かつての太陽の神殿がカトリック教会に建て替えられるなど、太陽神信仰の面影は皆無に等しかった。ここマチュピチュでも信仰そのものはもはや廃れてしまっているだろうが、ようやくここでその面影だけは見ることができた。

山頂のインティワタナからも、マチュピチュをよく俯瞰することができる。目の前には、マチュピチュ背後にそびえ立つワイナピチュが、先ほどよりもぐっと間近に見える。
ふと思ったが、あのワイナピチュあってこその、このマチュピチュの景観なのではないだろうか。遺跡の背後に存在感を大にしてそびえるこの山こそが、マチュピチュを“天空都市”たらしめている象徴であるように思われた。

マチュピチュ
インティワタナ付近から見るマチュピチュ遺跡とワイナピチュ

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