バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

南モンゴル、大陸中国・北京

八達嶺長城 ~遠く遠くどこまでも遠く

1998年9月2日

草原ツアーで知り合った学生たち(最初に会った彼らとは別のグループ)と、北京動物園で早朝のパンダを楽しんだ後、私は彼らと別れて、八達嶺長城に向かうべく、ちょうどいい具合に動物園前から出ていた遊覧バスに乗り込んだ。(後で分かったのだが、この遊覧バスは八達嶺明の十三陵を36元で順番に回る巡回バスだった)

バスに乗り込むと、後ろの方から日本語の話し声が聞こえる。そこには、3人の若者がいた。私は「ここに座っていいですか?」と彼らに話し掛け、1つ空いていた座席に座らせてもらった。彼らは、遼寧省大連市で中国語を学ぶ留学生だった。私は長城までの道を彼らと話して過ごした。 八達嶺長城
初秋の八達嶺長城

遠く遠くどこまでも遠く…

長城を目の前にして真っ先に思い浮かんだのは、日本の某人気ユニットがデビュー当時に歌った「万里の河」という歌だった。“河”と“長城”の違いはあるものの、まさに「万里」というのは、こういうものを言うのだろう。本当に、遠く遠くどこまでも遠く続いている。
以前の中国旅行で「万里の河」そのものの長江を船で下ったが、船から見る光景は断片的で、その“長さ”を実感することは、時間的にしかできなかった。しかし、ここでは“万里の長さ”を視覚的に感じることができる。
こんなとてつもなく巨大なものの原型が2200年もの昔に造られたというのだから、中国古代文明は、大したものだ。それとも、始皇帝が大した人物だったのか。
いずれにせよ、広大な中国の大地だからこそ造り得た代物だろう。

観光を終えた私は、記念にTシャツを買いたいと思い、売店に足を運んだ。(この2年前にエジプトに行ったとき以来、私は旅行先でTシャツを買うことが、半ば習慣と化している)
そのTシャツが幾らだったのか、今でははっきりと覚えていない。しかしその時、値段を聞いた私は「少し高いな」と感じた。
[よし、値段交渉をしよう]
しかし、次の瞬間、別の事が頭をよぎった。
[値段交渉って言っても、どう言えばいいんだ?]

中国語が話せない! 大学時代に第2外国語として学んできたのに…

結局、値段交渉は先程の留学生たちに任せ切りになってしまった。やはり書面語ばかりで、口語はほとんど学習していなかったのが痛い。

1998年9月3日

8日間という旅行日程は、実にあっという間に終わってしまった。私は北京空港から、関西空港へと向けて帰国の途に就いた。
しかし、ここまで順調だったにも関わらず、最後の最後でトラブルに見舞われてしまった。機内食で食中りを起こしてしまったのだ。 しかも、他の乗客は異常なく、災難に見舞われてしまったのは私だけだ。
関西空港から名古屋へは鈍行か何かでのんびりと帰るつもりだったが、これではそうはいかない。バックパックは空港から宅配便で送って、体を大事にするために特急に乗って帰る羽目になってしまった。

それにしても、南モンゴルの草原と星空は美しく、広々としていた。思い出に残る旅となったが、実は、出かける前に本当に行きたかったのは中国共産党が不当に支配している南モンゴルではなく、本土である北モンゴルの方だったのだ。

いつかきっと、北モンゴルにも行ってみたい…

(その思いは、10年後に実現することになる)

<完>

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