上海・2 ~雑技場での再会
1991年4月4日
浦江飯店近くにあるガーデン・ブリッジ
朝、ホテルの前の道路を横断している最中、目に違和感が…。
[しまった、コンタクトレンズを落とした!]
信号は短い上、車の往来も激しいので、捜すのは無理。あきらめてホテルに戻り、眼鏡に替えた。
旅行中、ひげをほとんど伸ばしっ放しにしていたこともあって、パスポートの写真とはすっかり別人になってしまった。
(案の定、出国の際、係官に変な目でにらまれた)
昼は「豫園(よえん)」という庭園の近くの店で、うまいと評判の小籠包(シャオロンポー)を食べた。
薄い割には丈夫な小麦粉の皮を口の中でかみ破ると、熱々のスープがいっぱいに染み渡ってくる、噂にたがわない、最高の味だ。少々猫舌なので、この熱さには驚いたが、味の良さに比べれば、大したことはない。
以後、この料理は、私の大好物となった。
(ただし、日本で食べる小籠包は、皮が厚ぼったくて、さすがに本場に比べれば、味は落ちる)
夜は、待ちに待った、上海雑技団。春休みの時期とあって、周りには学生らしい日本人がかなり多くいた。
席に着いて開演を待っていると、私の名を日本語で呼ぶ声がする。振り返ってみると、そこには見覚えのある顔があった。何と、旅の初めに、香港で1日一緒になったI さんではないか。思いがけない再会に、旅先での話が弾んだ。
「ところで、Mさんという人、知ってますよね」と、彼が聞いてくる。
Mといえば、私の大学の友人である。そう言えば、彼も中国を旅行中なのだが、まさか…。
「大理(雲南の都市)で会ったんですよ」
―― 何という、偶然か。
I さんとの再会にも驚いたが、これにはさらに驚いた。
まさかこの広大な中国に来て、「世間は狭い」などと感じるとは、思いもしなかった。
上海雑技団の華麗な演技
そうこうしているうちに、開演だ。
華麗なアクロバット、コメディータッチの無言劇、ユーモラスなパンダの曲芸…。
若手団員の危なっかしい場面も一部あったものの、総じて見事な演技で、短い時間だったが、十分に楽しませもらった。
1991年4月5日
昼間は書店巡りなどで街中をブラブラした。
夜になって、初日とほぼ同じ10人のメンバーで、またしてもディナー。前回ほどきらびやかな店ではないが、それでも、北京ダックを含むフルコースを出してくれるという。
次々と料理が運ばれてくる。
噂の北京ダックを初めて食したが、香ばしく、ジューシーで、これも小籠包に負けず劣らず、最高の味だ。そのまま食べては油っこいであろうところを、肉に巻いて食べる小麦の皮が、うまく和らげてくれている。
さあ、十分食べた。
「お姐さん、お勘定を」と、1人が店員に言った。
「あの、まだ料理続くんですけど…」
「え、まだあるの!」
味もさることながら、量もかなりのもの。それでも1人600円程度。
やはり中国の物価は、安い。
ホテルに戻ると、大学の後輩という青年が新たに来ていた。
大学の話で盛り上がっていると、
「東洋史を専攻されてるんだったら、Mさん知ってますよね」
―― また彼の名が出た。まさか…。
「旅先で、知り合ったんですよ」
本当にここは、広大な中国なのだろうか。