本七合目―本八合目
2016年7月21日
15時42分。先程までよりも霞が晴れてちらりと富士山頂が見えたことでテンションを上げつつ、本七合目の見晴館(標高3140m)を出発。
しかし、そんな気持ちの余裕はすぐにかき消されてしまった。既に、他の参加者の皆さんから引き離されないようにするのがやっとの状態になってしまっていたのだ。
上も下も曇っていはいるものの雨は最早ほぼ上がっており、風は殆どない――気象的なものはむしろ好転していた。気温の低下も、長袖Tシャツの上にジャージ、その上にフリースのミドルウェア、そしてレインウェアとフル装備にすれば、全く気にならない。
ただ、空気が薄くなってきているのは確実だった。時々、息切れに見舞われる。
「登山で息切れは禁物ですよ! 息が切れたらペースを落として下さい」
主催者の小林さんからアドバイス。そう言われて以降は、呼吸の状態でペースを決めて歩くことを心がけた。
何よりきつかったのは、脚の痛みだった。太腿が、ふくらはぎが、歩けば歩くほど張りを増してくる。
日頃、マラソンを目標にしたジョギングで足腰は鍛えてきたつもりだったが、マラソンと登山とでは筋肉の使い方が違う。大きいのは「前に向かって進む」か「上に向かって進む」かという違いだ。私がマラソンを目指して走るに当たって心がけていたのは、体力温存のために太腿を上げすぎない「すり足」感覚のフォームであり、太腿を上げる動作が基本となる登山とは全くの逆だ。また、普段走っているコースはほぼフラットで、坂路が無い。
要は、日頃鍛えているとは言っても、登山に必要な脚(特に太腿)の上下動の鍛錬が全く足りていなかったのだ。
それでも歩みを止めることはなく、16時13分、八合目下江戸屋(標高3270m)着。ちょっとだけ休憩。
更に30分後の16時48分、本八合目胸突江戸屋(標高3370m)に到着した。
ここで再び、私のテンションを上げるものに遭遇した。
私が愛する国・チベットの国旗・雪山獅子旗である。チベットの5色の祈祷旗・タルチョも張られている。
そう言えば、チベットはちょうど首都ラサあたりが富士山と同じ標高なのだ。この場所でチベットに対するリスペクトを表するのも十分ありだろう。
ただ、富士山は近年、中国人も少なからず登っているはずなのだが、彼らがこれを目にしたら――まあ、殆どの人は意味も分からないか。
下界は相変わらず雲に覆われていて、本七合目の見晴館あたりまでしか見えない。しかし、頭上の雲は薄くなっていて、もう雨の心配は無さそうだ。
頂上まで、あと400m。
「ここから1時間半――その1時間半がきついんですよね」
小林さんが言う。
そして、こまで一緒に登ってきた仲間のうち、2人がこの日のうちの登頂を断念し、胸突江戸屋で1泊して翌朝頂上を目指すことになってしまった。この雨模様の中の登山は、登山経験の豊富な猛者ですら、相当体力を削られるものだったようだ。
「行けますか?」
小林さんが、かなり余裕を無くしてきている私に尋ねた。
確かにきつい。
しかし...
不思議と「限界」という感覚は無かった。
「行きます!」
何の迷いもなく、即座に答えは出た。
「分かりました。その気持ちがあれば大丈夫です!」
小林さんのエールに後押しされて、私は再び、山頂を目指して歩みを進めた。
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