伏見城
2025年2月2日
ちょっと用事があって、神奈川からほぼ日帰りで京都・伏見へ。時間が余ったので、せっかくだから近くにある城へ、2025年初の城巡り。
近鉄丹波橋から坂を15分ほど上って訪れたのが、伏見城。100名城にも続100名城にも名を連ねていないが、歴史上重要な役割を演じた城だ。
1592年に豊臣秀吉が隠居後の住まいとして伏見指月(現在の京都市伏見区桃山町泰長老あたり)に建設を始めたもの(指月伏見城)が始まりとなる城で、その後、近隣の木幡山(桃山丘陵)に再築される(木幡山伏見城)。秀吉の死後の1600年、伏見城の戦いで焼失した後に徳川家康によって再建されたが、1619年、一国一城令により廃城となり、天守は二条城へ移築される。
伏見城大手門大手門をくぐった先には立派な天守閣が聳える。しかし、現在ある建築物は遊園地「伏見桃山城キャッスルランド」の一部として建てられた鉄筋コンクリート造の模擬天守で、耐震基準を満たしていないことから内部非公開となっている。
本丸などがあった本来の主郭部分はの明治天皇の陵墓(伏見桃山陵)とされたことから、無許可での立入りが禁じられている。
伏見城現在の伏見城から南へ歩いて20分ほどの、かつての指月伏見城跡地に建てられた団地の片隅に、当時の石垣が僅かに残っている。
指月伏見城跡
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