バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

パキスタン国旗パキスタン

パキスタン地図

概要

インド亜大陸西部に位置する国。インド、東トルキスタン、アフガニスタン、イランと国境を接する。

紀元前2500年ごろ、インダス川の恩恵を受けてインダス文明が栄える。当時の様子をしのばせる遺跡にモヘンジョ・ダロ、ハラッパがある。
紀元前15世紀ごろからアーリア人が進出してインダス文明を築いた先住民を隷属させる。その後、アケメネス朝ペルシアの支配、アレクサンドロス大王の進出を経た後、ガンダーラ地方(現在のペシャワール周辺)を中心とするクシャン朝の下、ガンダーラ美術が栄えた。
4世紀までにクシャン朝が分裂した後はササン朝ペルシャ、グプタ朝、エフタル、突厥、ガズニ朝が支配し、16世紀にはムガル帝国の支配下、ラホールに一時都が置かれる。
イギリスのインド侵略・ムガル帝国滅亡後は英領インドの一部としてイギリスの支配下となる。20世紀にインド独立闘争が勢いを広げる中、インド国民会議派と全パキスタン・ムスリム連盟の対立も深まり、1947年、ジンナーらの指導の下、インドとの分離独立という形でインドの東西にイスラム国・パキスタンが成立する。
独立後もインドとの対立は解消されず、カシミール帰属を巡って2度の戦争が勃発。内政も混乱し、東西パキスタンの内戦も発生して1971年、東パキスタンがバングラデシュとして独立した。
度重なる軍政と民政の振り子の中、政局は今なお不安定でテロも少なからず発生し、外交的にもアメリカとの協力・同盟、インドとの対立、アフガニスタン問題等が絡んで難しい状況に置かれている。

宗教は国教であるイスラム教徒がほぼ全てを占めている。

小麦を中心とする農業、綿工業が盛ん。

人口約1億6000万人、面積80万平方km、首都はイスラマバード。通貨はパキスタンルピー。日本との時差は-4時間(サマータイム時は-3時間)。
コンセントの形状はA A、B3 B3、C C

ビザ(日本人の場合)
期間の長短に関わらずビザが必要。国によって取得の難易度差が激しいようだ。私はネパール・カトマンズにて、駐ネパール日本大使館でレターをもらう際にいろいろ言われたが、ほぼ何の問題も無く取得できた。
日本からのアクセス
成田からイスラマバード、ラホール、カラチへの直行便あり。陸路はインド・アムリトサル等から。
主な都市・観光地(青字は到達済み)
イスラマバードラワルピンディ、ラホール、ペシャワール、ギルギットフンザ、 ムルタン、クエッタ、サッカル、ハイデラバード
モヘンジョ・ダロ、ハラッパ
リンク
当旅行記の該当部分

※リンク先ページの[前][次]はエリア別ではなく「時期順」モードのものです。

アジア周遊第5部 北インド、パキスタン

アムリトサル-ワガ~パキスタン入り
ラホール-ラワルピンディ~物騒な噂の首都圏
ラワルピンディ~親切なパキスタン人
フンザ-1~カラコルム山系の雪山
フンザ-2~「風の谷」と流星
フンザ-3~ウルタル挑戦・第1回
フンザ-4~ウルタル挑戦・第2回(1)
フンザ-5~ウルタル挑戦・第2回(2)
フンザ-6~アレクサンドロス軍の末裔?たち
フンザ-7~アリアバードから望む雪の山脈
フンザ-8~山と谷にお別れ
ラワルピンディ-ラホール~喧騒と暑さの中へ
ラホール-1~ムガル帝国の古都
ラホール-2~ガンダーラ美術に魅せられて
ラホール-アムリトサル~再びインドへ
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