バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

エジプト国旗エジプト

エジプト地図

概要

ナイル川の恵みに育まれ、約5000年前から高度な文明が発達し、ファラオの支配の下、数々のピラミッドや神殿が建設された。しかし、紀元前525年にペルシア帝国に、続いてマケドニアに支配され、プトレマイオス朝を経てローマ帝国属州となる。7世紀にイスラム教が興って以降はイスラム王朝、そしてオスマン・トルコに支配される。
19世紀、ナポレオンのエジプト遠征後、ムハンマド・アリー家によりオスマン朝から半独立の状態となるが、急速な近代化やスエズ運河工事で疲弊し、やがてイギリスの保護国となる。第1次大戦後、エジプト王国として独立を果たすが、その後もイギリスの間接的な支配体制は続く。
第2次大戦後の1952年、エジプト革命が発生し、翌1953年、エジプト共和国となる。その後は1956年にスエズ運河を国有化するなどして第三世界・アラブ諸国の雄として台頭する。
1958年、シリアと共にアラブ連合共和国を成立させるが僅か3年でシリアが脱退。その後も「アラブ連合共和国」の国号は維持するが1971年、現在のエジプト・アラブ共和国に改称される。
共和国とはいえ第2代のサダト、第3代のナセルと大統領は死ぬまでその座を譲らず、第4代のムバラクも30年に亘ってその座に居座り続け、強権を発動し続けたが、2011年のエジプト騒乱でムバラク政権は崩壊する。

国土の大部分は砂漠。気候は、地中海沿岸は地中海性気候、ナイル河口のデルタ地帯はステップ気候、その他は砂漠気候。

正式国名はエジプト・アラブ共和国。人口約7611万人、面積約100万平方km。首都はカイロ。
通貨はエジプト・ポンド。公用語はアラビア語。民族はアラブ人が大多数。宗教は9割がイスラム教で、その他コプト教、キリスト教。
日本との時差は-7時間(サマータイム中は-6時間)
コンセントの形状は主にC C

ビザ(日本人の場合)
1か月以内の観光目的の滞在にはツーリスト・ビザが必要。日本でも取得できるが、カイロ空港でアライバルビザを取得する方が手軽。
アライバルビザは、入国審査前に両替所でビザ用の印紙を買い、パスポートのビザページに貼り付けてイミグレーションでそれを提出すればいい。
日本からのアクセス
東京、大阪からカイロへの直行便がある。
主な都市・観光地(青字は到達済み)
カイロギザ、メンフィス、サッカーラアレクサンドリア、ルクソール、アスワン、アブ・シンベル
リンク
当旅行記の該当部分

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韓国、エジプト

カイロ-1(1995年6月20日)
ギザ(1995年6月20日)
サッカーラ(1995年6月20日)
カイロ-2(1995年6月20日)
アレクサンドリア-1(1995年6月21日)
アレクサンドリア-2(1995年6月21日)
カイロ-3(1995年6月22日)
カイロ-4(1995年6月22日)
カイロ-5(1995年6月22日)
カイロ、帰国(1995年6月23-24日)
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