バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

スリランカ、インド

ネゴンボ ~漁師の街とビーチ

2015年5月5日

今日がスリランカ最終日である。
コロンボ・フォートの灯台
コロンボ・フォートの灯台

この日もインド洋を満喫しようと、朝の散歩がてらにまずはコロンボ・フォートの灯台へと向かうが、その周囲にあったはずの海は埋め立て工事の真っ最中で風情も何も無くなってしまっていた。

気を取り直して別の場所の海を目指すことにする。
コロンボ・フォート駅北の市場のそばにあるバスターミナルからバスに乗って向かったのは、コロンボから北へ30kmほどの場所にあるネゴンボニゴンボ)。ネゴンボ・ラグーンという潟がインド洋と繋がる場所にある、海辺かつ潟辺の街だ。バンダラナイケ国際空港もほど近くにあり、実は同空港にとってはコロンボよりもネゴンボの方が最寄りの街なのである。
ネゴンボ・ラグーン
ネゴンボ・ラグーン
バスターミナルでバスを下りて、時には街中を、時にはラグーンのほとりを歩いて、海のある方向へと向かう。
街中を歩いていると、これまで巡ってきたスリランカの街とはどこか様子が違うことに気が付く。
それは、宗教だった。これまでの街では日本のお地蔵さんのような感覚で街角に仏像が幾つも置かれていたが、ネゴンボではそれがイエス・キリストやマリアの像に置き換わっている。そして、仏教寺院ではなくキリスト教の教会が街中に建てられていて信仰を集めている。
確かに、スリランカにはキリスト教国であるオランダやイギリスの侵略・支配を受けてきた歴史がある。それでも歴史的・伝統的な信仰である仏教が衰えることなく今日に至っている印象があったが、ここネゴンボではどうやら他とは違う事情があるようだ。

ネゴンボの道端のイエス・キリスト像
ネゴンボの道端のイエス・キリスト像
ネゴンボの教会
ネゴンボの教会(リゾートエリアにて)

やがて、ネゴンボ・ラグーンとインド洋が交わる海辺近くに出た。その一角に、潮の匂いの中、大勢の人々で賑わう場所があった。
魚市場である。大小さまざまな海の幸が所狭しと並んでいて、そしてそれを買い求める人々で賑々しくごった返している。売り手の人は女性が目立つ。男性は捕る人、女性はそれを売る人という役割分担がなされているのだろうか。

ネゴンボの魚市場
ニゴンボの魚市場
ネゴンボの魚市場
魚とそれを買い求める人で賑わう

ラグーンと海が交わるポイントに出てみる。大きな一枚帆の「カタマラン」と呼ばれるボートが、インド洋の風を受けて今まさにラグーンから大海へと、漁にでようとしている。その姿は、とても颯爽としていて、漁業という生業に対する誇りのようなものも感じられた。
「カタマラン」と呼ばれる漁船
「カタマラン」と呼ばれる漁船
ネゴンボはまさに「漁業の街」。
実は先述した、ネゴンボで仏教よりもキリスト教の方が盛んな「他とは違う事情」というのがまさに、この漁業なのだ。仏教で説かれている不殺生戒が彼らが生業としている漁業とはそぐわなかったため、この地では仏教よりもキリスト教が選ばれたのだという。
ネゴンボ・リゾートの海
ネゴンボ・リゾートの海

ネゴンボには「漁業の街」いう顔のほか、「リゾート地」という顔もある。漁港の北側に続く砂浜一帯は「ネゴンボ リゾートエリア」と呼ばれていて、海外からバンダラナイケ国際空港に到着したリゾート目当ての旅行客が真っ先に目指す場所だ。
海を眺めながら暫くビーチを歩いてみるが ―― 昨日見たゴール(ガッラ)の海が余りに綺麗すぎた記憶が鮮明だったからか、やや砂まじりだったこの日のネゴンボの海はどうやらベストコンディションではなかったようで、「リゾート地」という肩書に期待していた割には、そこまで綺麗だとも思えなかった。

漁業の様子と海を満喫したところでバスターミナルに戻ることにしたが、日差しが強い下の砂浜を歩いてしまったので少々疲れてしまい、いつもなら歩いて行く距離をオートリキシャを利用してしまった。
この日はスリランカを経つ予定なので、本当ならここから近いバンダラナイケ国際空港にそのまま向かうのがいいのだが、まだコロンボにやり残したことがあったので、効率的ではないのだが一旦コロンボへと引き返した。

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