バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

満洲(2002年)

ハルビン・1 ~“マルタ”…

2002年9月12日

9月10日、古巣の大連に到着し、知人に頼んであった黒龍江省の省会・ハルビン行きの列車チケットを受け取る。留学先だった大学の授業に潜り込んだり旧友と食事をしたりして過ごした後、11日夜、ハルビン行きの列車に乗る。
12日早朝、ハルビンに到着。荷物を預かり所に預けた後、真っ先に翌日の黒河行きの列車チケットを買いに窓口に赴いたが、この路線の切符は他に比べて販売時間が限られており、午後にならないと買えないようだ。
この日の夜はチチハルで泊まる予定だったが、ハルビンからチチハルまではバスで約3-4時間。それに、予定しているチチハルでの観光は午前中だけでも十分なので、そんなに急いでいく必要もない。私はそれまでの時間を、ハルビンで一番訪れたかった場所で過ごすことにした ―― いや、“過ごす”という言葉では軽すぎるかもしれない場所だった。
それは、七三一部隊罪証陳列館だ。
七三一部隊 ―― 戦時中、細菌兵器などの実験を現地中国人の人体に施していた、悪魔の日本人部隊である。その犠牲者は、3000人にも及ぶという。森村誠一「悪魔の飽食」や本多勝一「中国の旅」などの中で、その悪行は克明に告発されている。
これまで、日本軍の侵略行為を展示している博物館には、南京大虐殺紀念館、中国人民抗日戦争紀念館(北京)を訪れたことがある。日本史の恥部にも決して目を背けない、というスタンスは一貫しているのだが、入場に当たっては、さすがに緊張感を拭うことができない。
「七三一部隊罪証陳列館」と左側に大きく書かれた門をくぐると、正面にメーンの陳列館がある。 七三一部隊罪証陳列館
七三一部隊罪証陳列館
そこを入場する際、女性の係員に「どちらからおいでですか?」と尋ねられた。
「大連からです」ではなく「日本からです」と私は答えたが、だからどうということも無く、係員は普通に「どうぞ、階段を上がってください」と私を促した。
展示はどちらかと言うと、図や文章による説明、史料、当時使われていた物品などが多く、写真も散見されたが、生々しいものはそれ程多くない。南京や北京の紀念館に比べれば、刺激度は低いようにも思われたが、爆弾や銃を使わず、注射針を刺すだけでほとんど血を流すことなく人を死に至らしめているのだ。生々しい写真が多くないのも、ある意味自然なことである。
それは逆に、細菌兵器実験部隊という七三一部隊の陰湿な性格を表しているのかもしれない。
だからと言って、被害者の悲鳴が聞こえてくるような展示も無いはずがない。模型や人形を使って、どのようにして人体実験が施されていたかを示すものがあった。
暗い牢に閉じ込められた者、注射に泣き叫ぶ子供 ―― 人形の造りは決して精巧ではないのだが、その恐怖感と憎悪は十分に伝わってくる。そしてその表情とそこに見える感情は、当時の日本兵に向けられているのみならず、時代を超えてこうして展示を見ている私たちにも、何かを訴えかけているように思えた。
(勿論、模型による展示なのだから、そう見えるように作られているのかもしれないが)
展示を見て回っていると、一組の中国人夫婦が語りかけてきた。二言三言話しているうちに、私が外国人だと分かったらしく「どこから来たのかね?」と尋ねてきた。
―― 一瞬、躊躇した。ここの係員は多くの日本人を相手にしてきているから、先程「日本から来ました」と言ってもそうリアクションが無かったのだろうが、さすがにこの場所で、一般の中国人にそう明かしたら、一体どんな態度を示されるのだろうか。しかも、先だっての係員は20代、一方、この夫婦は戦中・戦後いずれの生まれか、見たところ微妙な世代だ。
しかし、ためらったのは1秒にも満たないほんの一瞬だった。たとえ冷たい目で見られようとも、それは中国を巡る日本人として避けては通れない試練だ。
私は、腹をくくった。「 ―― 日本から来ました」
しかし、彼らの反応は入り口の女性係員同様、実にあっさりとしていた。それを“幸運”と思わないよう自戒しながら、私はこの夫婦と一緒に話しをしながら参観を続けた。
ある場所で足を止め、展示の説明を読んでいた夫の方が、私に尋ねてきた。
「『マルダ』って何だい?」
え、マルダ? ―― 発音が私の頭の中にあるものとずれていたため、一瞬分からなかった。
「『木』の意味だったような…」
―― そう、それは「マルダ」ではなく「マルタ」、即ち「丸太」のことだったのだ。七三一部隊の日本兵は、中国人を人として扱わず、血の通わない、切り刻む対象である「丸太」として扱っていたのである。
他民族を人として扱わずに殺戮していく姿は、ナチスがアウシュビッツでユダヤ人に対して行ったことと全く同じだ。いや、実験対象として扱っていた分、もっと悪質かもしれない。
それは、戦争が引き起こした狂気だったのだろうか、それとも、ファシズムが引き起こした狂気だったのだろうか。

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